言葉との出会い(四学と修養)

皆さん、おはようございます。

本日は、先月参加したあるセミナーで聞いた言葉との出会いをご紹介したいと思います。

まず四学ですが、これは学問の段階を表わす言葉で、蔵学・修学・息学・遊学の4つの段階の事を言います。

蔵学は、言葉の通り、知識を蓄える段階のことで、ひたすらに知識を吸収して蓄えていく段階をいいます。

修学は、学問を修める段階のこと。「修」には背中を流して美しくするという意味がありますから、蔵した学びを整理し直すという意味があるそうです。

そして息学は人間が呼吸するのと同じような感覚で自然なものにまで達してくるという意味だそうです。

最後の遊学は、学問を自在に操れるような段階にまで達することをあらわすそうです。

さて、自分に置き方時に自分がどの段階にあるのかを知ることができるように思いました。人は年齢に関係なく、一生学ぶ続けるものであり、もしかしたら自分の中で遊学にまでたどり着くことはないのかもしれないですが、そういう学びの段階があることを知っただけでも新たな学び、気づきとなりました。

それと修養ですが、これは知識を高め、品性を磨き、自己の人格形成につとめることだそうです。よく教養を身に付けるという言葉は耳にするのですが、修養というのは初めてここで聞きました。上の人になればなるほど、教養だけでなく、修養を磨くことが求められてくるように思います。

教養をいかに身に付けても修養が身についていないと、色々なところで不具合がでてきてしまうのではないでしょうか。それでは教養と同じように修養も学ぶことができるのか。私はできると思います。どこで学ぶのかは、やはり修養を身に付けている人から、直接その人の一挙一動から学ぶしかないのかもしれません。

あとは自分の意識次第かもしれないです。まだ自分の段階を見ていると教養さえも入口の入口ではありますが、いつしか晩年を迎えた時に修養を言葉の意味の1つでもわかるような人物を目指して、今も、これからも学び続けてゆきたいと思います。

言葉との出会いが、時として自分の頭の中を整理し、今の自分に必要な事を気付かせてくれる。そんな事を思い、ご紹介させて頂きました。皆さんにとっても言葉との出会いの1つにでもなれば幸いです。