言葉との出会い(清規(せいき)と陋規(ろうき))

皆さん、おはようございます。

本日のブログでは、言葉との出会いをご紹介させて頂こうと思います。先日、とある経営者向けの雑誌を購読させて頂く中で、清規(せいき)と陋規(ろうき)という言葉と出会いました。清規(せいき)とは表向きの道徳を表わす言葉で、人を殺めてはいけないとか、喧嘩や盗みやいけない。親孝行しましょうなどの訓戒は清規(せいき)にあたるそうです。

それに対して、陋規(ろうき)は裏の道徳。昔から中国では、賄賂をもらうにしても賄賂のもらい方があるといわれているそうですが、喧嘩をするにしても素手や一対一でやる、自分よりも強いものと闘うなど、一定のルールがあったと思います。

最近のニュースを見ると、女性を襲う事件や振り込め詐欺など、さらには複数の人が一人の人を乱暴し、いじめぬいて自殺まで追い込むなど、心が痛む事件が多いですが、この陋規(ろうき)が崩れてしまっているように思います。

日本が昔からもっていたこの道徳心がどうしてくずれてしまったのか。個人的には、戦後日本の教育自体が見直される中で、良いことも悪いことも含めて、日本の持っていた考え方自体も分断され、こうした道徳心も失われてしまった。

もしくは高度成長し、社会全体のスピードが早まっていく中で、気持ちの余裕がなくなってきたなど、一概には言えない部分があると思いますが、事実として陋規(ろうき)が崩れてしまっていることも事実です。もっと言えば、表の道徳も崩れてしまっているように思います。

私も偉そうに言える立場ではございませんが、あらためて日本が本来もっていた美徳や伝統を見直す時期にきているのかもしれません。特に2020年に東京オリンピックが開催される中で、あらためてそうした日本人が本来持っている美徳や伝統、歴史を見直してみる良い機会なのかもしれません。